QUATRO BOOK STAND バックナンバー

2008/3月分

「甲子園への遺言」 門田 隆将‖著 講談社 1785円


 鍛えてここに甲子園。
 成章高校野球部が、36年ぶり2回目の出場を決めた。文武両道のなか選手もよく頑張ってきたし、監督やコーチもよくここまでチームを作り上げてきたと、拍手。「結果」を出すというのは、どんなことでも容易いことではない。伝説のプロ野球打撃コーチの生涯を描いた物語は、さまざまな示唆に富んでいて、こころに染みる。
 高畠は体は大きくはなかったが、目を見張る打撃センスの持ち主で、将来を期待された選手であった。南海ホークスに入団したものの、ケガで現役をわずか5年で引退。そのまま野村克哉監督のもと、コーチとなった。以来30年に渡り、選手育成に努めてきた。落合、イチローをはじめ、育てた選手は数知れない。短所には目をつぶり長所を伸ばすこと。それが高畠流である。当時としては画期的な理論的野球も実践してきた。仰木マジックも野村ID野球も、実のところ、彼の力が大きかったのだ。
 片時も野球から離れなかった男は、メンタル面も支えたいと心理学を学び、それが高じて高校教師への転身を決意。既にプロの世界で十分な実績を残してきたにもかかわらず、それを捨ててまで挑戦をする。コーチ業の傍ら5年掛けて教員免許を取得。58歳で新人教師となった。何事も一生懸命な彼はすぐに生徒の信頼も得、「甲子園制覇をしよう」と言っていた矢先に、癌に蝕まれ「余命半年」を告げられたのであった---。
 野球の虫が、伝えたかったもの。「伸びる伸びないの境目は、人としての生き方にある。プロの世界で生きていくのに大切なのは(単に技術ではなく)人間力」である。大事なことは、人生で夢を見ること。それに向かって突き進むこと。そして、逃げ出さないこと。
 まさに、人生道である。
蔵王山登りで鍛え、接戦をモノにしてきた彼らの体力と精神力。必ずやいい試合を、見せてくれることだろう。(頑張ってね!)

2008/2月分

ゴールデンスランバー 」 伊坂 幸太郎‖著 新潮社 1680円


 さて子年。ネコが「十二支」に入らなかったのはなぜなのか。ネズミがお正月に神さまを訪ねる日を、ウソ吐いて教えただからそう。おかげで1日遅れで着いたネコは、無念の十三着。神さまは「顔を洗って出直して来い」とネコに怒ったので、以来ネコは顔を洗うようになったとか。怒ったネコはだから今でもネズミを追い回しているという話。
 伊坂幸太郎の新作は、逃げるネズミもビックリな、決死の逃亡劇。
 仙台で凱旋パレード中の首相の車が爆破された。同じ頃、旧友に呼び出された元宅配便ドライバーの青柳は、「大きな謀略に巻き込まれている」と告げられる。突拍子もない話だと思う間もなく、警察に追われる。(ネズミほどの悪さもしていないのに)。国家権力相手では、平凡な青年に勝ち目はない。街には市民監視装置が置かれ袋のネズミ状態のなかを、首相暗殺犯になってしまった青柳は、逃げる。
 めまぐるしく場面は転換し、時には時間まで交錯し、そしてそれぞれの挿話が絡み合って、話はずんずん進んでいく。無力な逃亡者を支えていくのは、以外にも人々の「信頼」なのである。フツーなら最後に事件の真相に辿りつき真犯人がわかるという展開になっていくのだけれど、そうならないところがミソ。(なるほど、あの描写はこう繋がっていくのかと)いくつも張り巡らされた複線が、結末に向かって鮮やかに収束していくあたりは見事、予想外の結末も、納得である。40年前のケネディ大統領の暗殺事件が下敷き。犯人「オズワイルド」のように、消されてしまうのか。それとも逃げおおせるのか。とくとお読みいただきたい。
 これまで5回直木賞候補に選ばれるなど、さまざまな賞の候補になってきたけれど、ことごとく落選してきた無冠の帝王である。春の直木賞ノミネートには間に合わなかったが、今度こそは賞を狙える傑作。ネコのように、入賞を逃して顔を洗う必要はないだろう。

2008/1月分

「ビット・トレーダー」 樹林 伸‖著 幻冬舎 1785円

 『お金持ちは、お札の向きがそろっている』(by中谷彰宏)なんて本が出たので、気になって自分の財布を覗いてみた。いやいや見事にバラバラ。というよりも、揃えるだけの枚数(野口さんがわずかに3枚)が、そもそも入っていない。(自分で驚くようなことじゃないけれど)愕然!揃っていないからビンボーなのか、ビンボーだから揃ってないのか。まあどちらでもいいんだけれど《人生も株も「底」を打ったらあとは上がるだけ》の名言(?)が帯にある『ビット・トレーダー』に、ならば「明日の財布の中身は増えるのだな」と呟いてみる。
 
 電車事故で愛息を失った男が、その慰謝料をやけくそ気味に株に突っ込んだのが、そもそもの始まり。ところが偶然にもそれが大当たり、いまや一億円を超える資産を持つ身となった。家族とはうまくいっていないが、愛人を抱え優雅に暮らしている。そこに現れたのが、上場企業の社長。持ちかけられたのは、ボロい儲け話。わずか10日で3億もの大金が手に入るという話である。まもなく倒産する自分の会社に、空売りをかけてくれというのだ。しかし、倒産するはずの会社は一転買収され、株価は一気に高騰。間違いのない儲け話は男を窮地に追い込んでしまう。このままでは逆に1億を超える含み損を抱えることになる。破産の危機に直面した男は、起死回生の策を練るのだが…

 徐々に謎が明らかになっていき、タイムリミット・サスペンスの緊迫感でぐいぐい引っ張り込まれる。「経済小説」というとなんだか硬い感じで敬遠してしまいそうだが、これは文句なし。株の世界をリアルに描き(勉強になります)、家族の絆をも問う(参考になります)エンターテイメント小説だ。

 世の中、そんなにウマい儲け話はあるわけないだろうけれど、とりあえず、財布の中の野口さんは、きっちり揃えるようにしてみようかな。お金持ちになれるかどうかわからないけれど、気は心。

2007/12月分

「転々」 藤田 宜永‖著 新潮社 620円

 「女性の品格」や「求めない」「ホームレス中学生」など、今年もいくつものヒット作が生まれた。
でもまあ、売れてる本はほんの一部なわけで、実際のところ大して読まれない本のほうがむしろ多い。本の世界も何だか「格差社会」
でも見逃すには、もったいない傑作もある。
8年前に刊行された小説が、ようやく陽の目をみた。オダギリジョーの主演で映画化され、(評判いいらしい)今ちょっと注目の青春ロードノベルである。

「百万円ある。これをお前にやる。ただし、俺と東京の街を散歩しろ」

 サラ金に追われる大学生・文哉の前に現れた取り立て屋・福原が、借金をチャラにする奇妙な方法を持ちかける。
井の頭公園から霞ヶ関までおよそ15キロ、東京を徒歩で横断していくというのだ。男が胡散臭く言うことも怪しいのだが、返済がままならない文哉には他に選択肢がなく(トビウオ漁はあるが)提案に乗るしかなかった。
男はいきなり「妻を殺した。霞ヶ関の警視庁についたら自首をする」と話すが、どこまでホントなのかわからない。
途中行きたい場所や会いたい人があればどこへでも付き合うとも言う。
文也は(納得行かない形で別れてしまっていた)年上のストリップ嬢・美鈴に会いたいと思った。父親に棄てられ母親に見放され、愛情を知らずに育ってきた文哉と正体不明の男。見知らぬ二人の現実の旅は、いつしか過去を辿る旅となっていく。
次々巻き起こる事件と出会い。明かされる謎めいた福原の人生と文哉の生い立ち。そして文也と美鈴の恋の顛末。
町の描写も鮮やかで場面もどんどん展開していくあたり、まるで散歩の同行者となったかのように物語に引き込まれてしまう。
やがてラストで明かされる散歩の真意。意外な事実。じんわりと漂う悲哀感は、悪くない。

 古い本はちょっとといわれても、面白い本には賞味期限なんてない。
偽装いらずで、楽しめる。


2007/11月分

「神が棄てた裸体」 石井 光太‖著 新潮社 1575円


 ミャンマーの反政府デモへの武力弾圧で、先日一人の日本人記者が犠牲になった。悲痛な出来事を目の当たりにしても、イスラーム社会の実態というのはなかなかわからない。われわれ日本人からすれば封建的で閉鎖的、およそ理解しがたい社会。戦争が頻発し野蛮な男たちが横行するなかで、人々はどう暮らしているのだろう。

 ≪完璧に清い世界などありえない。イスラームにだって娼婦もいれば売春宿もあるはずだ≫
 
28歳の青年は、東南アジアから中東にいたる辺境の地を歩いた。イスラーム社会の底辺を「性」を通して描いたその体験的ルポの凄まじさに、冒頭の13歳の娼婦の物語から、あっという間に引き込まれる。

 「故郷では 襤褸ぼろ切れのように扱われたけれど、ここでは人として見てくれるし、大切にしてくれる」

 紛争で3歳にして孤児となり、兵士の玩具にされたあげくジャカルタの赤線地帯に売られてきた。それでも幸せだと少女は言う。
廃品回収が出来なく60円で互いに内緒で体を売っている幼い兄弟。男に抱かれ痛む尻にドラッグをすり込むことで和らげている少年たち。不妊手術を強いられ、売られてきた売春宿から出ることも出来ない少女。ここでは誰もが、それ以外に生きる術を持たない。
16篇の話はどれも濃密で、彼がともに暮らしともに笑ったその匂いまで伝わってくる。
 最終話はとりわけ圧巻。浮浪生活の末、路上死した少女の話は実に切ない。ここでは彼の正義感も怒りも、実に無力だ。目の前の人を救うことすら出来ない。現実に地団太踏んでも、それでも夜は明け、また新しい一日が何事もなかったかのように始まっていくのだ。彼女の残した幼子に、出るはずのない乳をあげようと幼い胸に抱く少女の姿は、不思議な明るさと強さに満ちていて胸に迫る。
 世界にはこんな現実を生きている人たちがいる。そう知っているだけでも、少しは自分の生き方が変わるのではないかと、思う。


2007/10月分

「サニーサイドエッグ」 荻原 浩‖著 東京創元社 1890円

 近頃ミステリ小説では、なぜだか警察小説が大流行。今野敏「隠蔽捜査」や雫井脩介「ビター・ブラッド」など、人気の作品も多い。読ませるが組織の闇を暴いた話ばかりで、少々食傷気味。で、王道の探偵ものに手が伸びる。

 世界一有名な私立探偵といえば、フィリップ・マーロウ。彼に憧れ、美女と拳銃のハードボイルドな日々を夢見る最上俊平が主人公の長編。チャンドラーの小説のような事件がそうそう日本で起こるはずもなく、やむなく失踪したペットの捜索を請け負うこともある(というか、そんな依頼しか来ない)探偵だ。「こいつを探している。見かけたことは?」マーロウ風の問いかけも、なぜだかうまく噛み合わない(なんせ相手は猫だ)。

 今回の依頼は、和服美女のロシアンブルー捜し。俊平は、秘書の茜とともに猫を追い始める。経験に裏打ちされた捕獲術はさすが(妙に感心させられてしまう)。ペット探偵VS迷い猫の息詰まる攻防戦である。そこに怪しげな人物からも依頼(またも猫捜し)が舞い込んで、ただの猫探しは、ただの猫探しじゃなくなっていくのだ。でも結末までひたすら続く猫捜し(だからなぞの失踪も殺人事件も起こらないのだが)、それでも絶体絶命の状況もあったりして、けっこうハードボイルドなのである。

 映画にもなった「明日の記憶」で一躍有名になった作家だが、ミステリにも味がある。デビューのころに書かれた「ハードボイルドエッグ」の続編なのだが、さらに磨きがかかった感じ。マーロウ受け売りの探偵のへらず口とヘナチョコぶりが絶妙で、シリアスとユーモアを程よくブレンドした語りが気持ちいい。

「タフでなければ生きて行けない。
優しくなれなければ生きている資格がない」


マーロウを気取るのはたいへんだけど、やっぱり悪くないにゃ、これは。